神戸クリエイティブフォーラム

開催実績

第4回 2019年12月19日開催

神戸のナイトタイムエコノミーの未来

  • 斎藤 貴弘(さいとう たかひろ)さん

    ナイトタイムエコノミー推進協議会代表理事

  • 梅澤 高明(うめざわ たかあき)さん

    ナイトタイムエコノミー推進協議会理事

  • 太田 雄也(おおた ゆうや)さん

    観光庁 観光地域資源部 観光資源課 課長補佐

近年、インバウンド観光による消費をさらに増加させるカギとして注目を集めているナイトタイムエコノミー。日本の観光施設は日中の営業がほとんどで、夜間は飲食店が中心となっている。しかし、海外では夜遅くまで楽しむナイトライフが充実しており、観光客にとって日本の夜間観光は物足りないものと映っている。夜ならではの観光や魅力が充実することで「滞在型観光」による消費増加が促進され、さらにリピーターも期待することができるという。 訪日観光客数は年々増加の一途をたどっており、近畿エリアにも多くの観光客が訪れている。しかし、神戸は近隣エリアに比べてその数は少なく、伸び悩んでいるのが現状である。神戸クリエイティブフォーラム運営委員長を務める矢崎和彦委員長が、開会に先駆けた挨拶の中で「既にある施設や設備、店舗などがもっと活性化していくことで、経済的な繁栄ということだけではなく、文化的にももっと盛り上がっていくきっかけになるのではないかと思っている」と語ったことを皮切りに、神戸のナイトタイムとカルチャーシーンを活性化させるゲストスピーカーと共にこれからの新たな価値創造を考えるフォーラムがスタートした。



インバウンド観光の現状とナイトタイムエコノミーの重要性

まず最初に行われたのは、観光庁観光地域資源部観光資源課課長補佐を務める太田雄也氏による講演。日本の観光やインバウンド施策の現状について解説をした。 2009~10年の訪日外国人数は年間1000万人に満たなかったが、近年は3000万人を超えるほど伸びてきている。しかし、その75%が中国や韓国などからのアジア人であり、欧米やオーストラリア、イスラム圏の取り込みが弱い。これは大きな課題となっているが、日本の経済規模や文化を考えると大きな伸びしろであり、成長戦略、経済戦略のポテンシャルであるという。 また、インバウンド観光のゴールデンルートは東京から入って新幹線で京都・大阪に移動し、関空から帰るというものであるが、これ以外の観光をしたい「リピーター」が増えている。まだ行ったことのないエリアを目指すリピーターになればなるほど、地方に足を向ける傾向になる。つまり、インバウンドといえば東京や京都、大阪であったが、現在は「地方部のインバウンド観光時代」になってきているのである。「そこで、より消費に貢献するインバウンド観光のあり方というものを探っていかなければならない状況にありまして、ここに大きくナイトタイムエコノミーというものへの期待を観光庁政府は寄せている」と太田氏は語り、ナイトタイムエコノミーについて話を進めていった。 外国人観光客の支出において、スポーツ観戦や美術館、エンターテインメントのショーなどに支払う「娯楽サービス費」の割合が増えているが、日本におけるそれは非常に低いままである。観光客一人の顧客単価を上げるためにも、昼だけでなく夜も消費してもらう「ナイトタイムエコノミー」の観点が重要になるのだ。 日本の観光施設の運営時間は9時から17時に集中しており、夕食後にもう一度行きたいと思っても閉まっている。そのため、夜になると観光コンテンツがなく、訪日外国人は飲食以外の選択肢が少ないのである。また、インバウンド向けナイトタイムには、「夜21時や22時まで毎日開いている」「多言語対応がなされているか言葉が分からなくても楽しめる」「インターネットを使って予約ができる」などの要素が必要になる。 こういったナイトタイムの観光コンテンツを発掘し、実証実験の取り組みを支援する「最先端観光コンテンツ インキュベーター事業」を観光庁が行っている。その事例として、大分県別府の地獄めぐりの夜間プロジェクションマッピング、山梨県の富士河口湖周辺で開催しているジャズイベントなどがある。国レベルでも、国立の美術館や博物館の金曜日と土曜日の閉館時間を20時や21時まで延長をしたり、東北の十和田八幡平国立公園で冬に見られる氷瀑をライトアップする観光コンテンツを実施しているという。 太田氏は「観光庁では、ナイトタイムエコノミーをこれからの大きな柱の一つとして捉えており、東京だけでなくさらに多くの地方を巻き込んで日本全体でナイトタイムエコノミーを盛り上げていきたい」と、これからの展望を語った。


ナイトタイムエコノミー推進協議会からの事例紹介と提言

続いては、一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会代表理事の斎藤貴弘氏と理事の梅澤高明氏が登壇し、推進協議会の活動や事例、東京で進めている「クリエイティブフットプリント」についての講演を行った。 ナイトタイムエコノミー推進協議会は、観光庁のナイトタイムエコノミー事業や政策立案をサポートし、民間とつなぎ実装していくことを目的にしている。弁護士として風営法ダンス営業規制改正に尽力し実現させた斎藤氏、数多くの都市再開発プロジェクトを支援する経営コンサルタントの梅澤氏、東京ガールズコレクションや御堂筋ランウェイなどのプロデュースを手掛けた永谷亜矢子氏を中心に活動を展開している。


これまでコーディネートしてきた事例としてまず挙げられたのが、東京の青山で開催されている「ファーマーズマーケット」。営業時間を21時まで延長してキャンドルを敷き詰める演出をしたり、DJイベントやアコースティックライブを行うことで、夜間は閑散としてしまう青山に誰もが楽しめる場所を作り出した。次は日本三景のひとつでもある京都の「天橋立」である。日中は賑わう観光地であるが、夜間コンテンツがなく宿泊に繋がらないとのことで、天橋立砂浜のライトアップや、ビーチサイドに作られた長いバーカウンターに地元のワイナリーやレストランが出店する、食と音楽のイベントを開催したりもした。3つ目は大阪の「道頓堀」。ここを走る水上バス自体をコンテンツ化し、運行を夜間まで延長、さらに様々なイベントとコラボレーションをした。さらに、水上バスを降りた後にも大阪の夜の街で遊んでもらえるように導線設計をしたところ、チケットが売り切れてしまうほどの大盛況だったという。4つ目に紹介されたのは東京の「神田明神」で定期的に開催されている夜間イベント。昔からあるお祭りというコンテンツをショーアップすることで、日本人だけでなく訪日観光客向けに分かりやすいものにしているところが特徴だ。



事例紹介に続いて「クリエイティブフットプリント」の紹介と解説。これは対象都市における「音楽ベニュー」を切り口として、その都市が持っている文化生態系である音楽や舞台芸術等のシーンの活気と発育を数値として指標化する深掘り調査である。ベルリンから始まり、ニューヨークを経て、3番目の調査対象として東京が選ばれた。 クリエイティブフットプリントは3つの視点からその都市全体の、特に文化生態系のパワーを評価する。1つ目が「コンテンツ」のスコア、2つ目が「スペース」、つまりベニューである空間のスコア、3つ目が都市交通や行政の規制などの「フレームワーク」。この3つの視点から分析し評価をすることで総合点を出すのである。総合点はベルリンが最も高く、東京が最下位という結果が出ている。しかし、分野別のスコアで見ると、コンテンツではニューヨークにわずかの差をつけて東京がトップ。ほぼニューヨークと並ぶ世界最高水準の評価がついているのだ。スペースについては、多機能性の面で評価が低い。つまり、一つの施設が単機能なのである。そしてフレームワークは最も評価が低く、公共交通機関の最終運行時間の早さや行政からの資金援助の少なさ、パブリックスペースでの文化活動の自由度の少なさが要因であった。梅澤氏は「恐らく評価の高い項目と低い項目両方とも、日本の主要都市ほぼ全て当てはまるんじゃないのかなというのが我々の仮説です」と推測する。



また、ナイトタイムエコノミーを語る上でキーになる考え方として、夜の文化を盛り上げるためには都市の魅力を上げること、つまり「都市力」を構成する観光、文化、都市開発の三位一体で組み立てることが重要だという。日本は多様で独自の文化を持っており、高いポテンシャルを持っている。訪れる都市の文化が「本物(オーセンティック)」であり、本物の体験を求めることが近年の都市観光者のトレンドとなっている。これは夜の文化を作っていく上でも重要なポイントと言える。文化と観光の相互作用では、本物の文化があればそれが観光の体験消費となり、経済効果につながる。さらにそれが世界に発信されると文化はアップデートされ進化していく。また文化と都市開発の相互作用では、大きな街区であるスーパーブロックに単一機能の建物を配置するのではなく、小さな街区に様々な用途の建物や新旧の建物が入り混じり、賃料を抑えることで人の密度を高めることがまちづくりには重要であると解説をした。



以上を踏まえたナイトタイムエコノミー推進協議会からの提言は、

文化のプレイヤー、観光のプレイヤー、都市開発のプレイヤーの連携をもっと密にして三位一体の取り組みを行い、その接続を行政が担う必要がある。

新しいものを生み出すために、町の余白を大切にすること。

ストリートや公開空き地の活用、特定地域の賃料抑制、実験的ベニューや小箱を戦略的に保護する取り組みをしていくこと。

コンテンツ作りを牽引する人材の確保も重要であり、観光を事業にするクリエイティブプロデューサーの確保と育成も必要になっている。

LGBTなどのマイノリティグループの表現機会も日本全国に展開していくべきである。

主要鉄道路線の営業時間を延長させる深夜交通の実現。ターミナル駅からの2次交通網として、深夜バスやライドシェアなどで観光客だけでなく日本人向けにも整備していくこと。

こういったことが、ナイトタイムエコノミーを支えていく上で重要なテーマになると語った。

 

神戸で展開されているナイトカルチャーの紹介

神戸クリエイティブフォーラム副運営委員長を務める福岡壮治氏から神戸で開催されている市民主導のナイトイベントの事例紹介が行われた。 まず最初に紹介されたのが「ヌードレストラン」である。このイベントはイギリス北部のマンチェスター発祥のクラブ文化である「ノーザンソウル」が体感できる国内では珍しい定期イベントとして有名である。元町の老舗ジャズ喫茶「JamJam」で開催されており、60年代や70年代のレアなレコードを高級ホームオーディオで大音量で流し、レトロモダンなノーザンソウル風のファッションに身を包んだ参加者が体を揺らす。25年続くイベントであり、その知名度は国内にとどまらず、近年では訪日外国人観光客も増えてきているという。 2つ目に紹介されたのは、ITと音楽と映画、ファッションや食文化のクロスメディアイベントである「078KOBE」。音楽ライブや映画上映だけでなく、講演などのカンファレンスや展示会も組み合わせることで、実験的な未来の都市生活を先取りする参加型フェスティバルである。メリケンパークでロックコンサートが、みなとのもり公園でテクノイベントが、東遊園地で映画の野外上映実験が開催された。「特に東遊園地での映画上映は078KOBE実施前から市民発動で開催されており、これは今の神戸の特徴ではないかと思っている」と、福岡氏は語る。 最後に紹介されたのは、福岡氏が実行委員長をしている「神戸ホワイトディナー」である。参加者全員が全身白いエレガントな服装というドレスコードで、椅子や机や食器、食べ物や飲み物を自前で用意して参加する野外ディナーパーティー。パリで始まった「Diner en Blanc(ディネ・アン・ブラン/白の宴)」が発祥で、今では世界各地で開催されており、神戸でも市民が街を共有する感覚を持つことや、年配者から子供まで全ての世代が参加できることを目的に企画された。20人ほどでの実験からスタートし、その後は数百人単位で参加者が増えていき、現在は定員数を800名にしているほどの盛況ぶりである。2018年の開催では、神戸大丸の横の道路を封鎖し、市バスの経路を変更して開催した。これも市民発動に対して行政が理解を示し支援をしている一つの例である。 神戸ホワイトディナーで撮影された1枚の写真を見て福岡氏は「神戸には多くの外国人が住んでおり、多種多様な教会があり、その宗教に根差した方々がおられます。そういった方が、年齢や性別、国籍、人種、宗教関係なく楽しんでいる姿がとても象徴的だなと思いました」と語った。


質疑応答

Q.
《永吉氏からの質問》 世界にあるクリエイティブで素晴らしい都市のように活性化するためには何が必要ですか?

A.
《太田氏の回答》 神戸はインバウンド自体があまり多くないという現状なので、ナイトタイムエコノミーは非常に重要な施策だと思います。観光庁がナイトタイムエコノミーを進めようとしている理由はそれだけでなく、外国人から日本を見ておかしいところを修正していくことは、日本人が日本のおかしいところを見つけて修正するより容易いという面があります。インバウンドを通して、まずは日本の生活様式への「てこ入れ」をすることが、切り口として重要であると思います。

《梅澤氏の回答》 インバウンドコンテンツを充実させる際に、外国人がいかにも喜びそうなものを安易に並べても空振りすることになります。好き嫌いや日本的かどうかは別として、ロボットレストランやチームラボのボーダレスなど、日本人が見てもクオリティーの高いエンターテインメントでなければ長続きがしません。日本人から見ても十分に楽しめて、リピーターになりたいと思えるようなものであれば、外国人だけでなく夜に遊ぶことの少ない日本人も、夜の街で消費活動に参加するという好循環に入れると思います。

《斎藤氏の回答》 神戸のトゥループカフェは国内外のアーティストがやってくるほど世界的に有名な、本物の音とカルチャーを発信し続けているスペースです。クリエイティブフットプリントで説明したように、コンテンツは非常に高いのですが、スペースとフレームワークが欠落しているところがもったいない、の一言に尽きる。ここをきっかけに神戸を知っている世界的なアーティストやインフルエンサーが「あそこはすごい」とSNSなどで発信してくれるので、こういうコンテンツや場所は守っていかなければなりません。音楽だけでなく、食や施設など他の文化でも、「本物」があるということが神戸の強みだと思います。 この斎藤氏の回答に梅澤氏が付け加える形で「日本が好きな海外の文化人から見ると、そこにもう宝が眠っているわけです。そういうことこそが、オーセンティシティです。そして、そういうものは、きっと神戸にもたくさん眠っています」と語り、質疑応答を終えた。

 

最後は、神戸クリエイティブフォーラム運営委員会名誉顧問の久元喜造神戸市長が登壇し、フォーラムの意見と感想を述べた。

神戸はこの3年、ナイトタイムエコノミーに取り組み、実験都市として行動につながる様々なアクションをしてきた。その前提として、神戸が昼も夜も魅力的な街でなければならない。高層タワーマンションが林立する街ではなく、容積率を抑えた「奥行きの深い街」を目指す。それは、いろいろな人がいて、いろいろなものがあり、いろいろな店がある街。そして、賃料が安くビジネスのスタートアップがしやすい小さな区画を大事にする。これまで行政が行ってきたまちづくりの考え方を転換していくための議論をこれから始めていくという。ナイトタイムエコノミーに取り組む上では、そういったことが非常に重要で大切にしていかなければならないのである。 また、コンテンツや仕掛け作りに関しては、役所の管理規制的発想ではなく、民間団体による自由な発想で自由なルールを作れるような形になると、人の動きが生まれ、回遊性が生まれる。それを行政がサポートできればと考えている。しかし、これまでの規則をわずかに変えることでも、大変な労力と時間が掛かる。それでも思い切って発想を変えて、ナイトタイムエコノミーを広げていかなければならないのである。例えば、国立の博物館や美術館を21時まで延長したことも、一見ささやかであるが大変なことであった。ロンドンの美術館では昼と夜で全く違うことをしている。このように、昼の博物館長とは別に夜の博物館長を立てて、全く違う世界を演出する発想があるかもしれない。この話を踏まえて、久元市長は「ぜひ夜の市長、ナイトメイヤーを選んでください。本日は観光政策、文化、音楽などたくさんの話がありましたが、いろいろな人たちを結びつけて、夜に何かおもしろいことをやれるような夜の市長、ナイトメイヤーをぜひ選んでいただきたいと思います」と参加者に投げかけてフォーラムを締めた。