レポート

第2回 30年12月5日開催

「イノベーションのカギ」

濱口 秀司 (はまぐち・ひでし)
ビジネスデザイナー

江戸末期の開港よりはるか以前から、神戸は日本の重要な貿易港として栄えてきた。しかし、近年は、阪神淡路大震災の余波だけでなく、勃興するアジア各国や近隣都市の勢いに押され、日本や世界において神戸が相対的にトーンダウンしているという事実が横たわっている。また人口減少も甚だしく、高齢化による自然減と流出による社会減の両面で大きな課題となっている。人材の流出だけでなく、クリエイティブ産業や資金自体も流出してしまう経済問題も起きている。
長い歴史の中で培われてきた文化とポテンシャルを持ちながらも、こういった課題を抱えている現在の神戸はどのように変わっていけばいいのか。米国のデザインイノベーションファームZibaでエグゼグティブフェローを務めながら、自身の実験会社「monogoto」をポートランドに立ち上げ、ビジネスデザイン分野にフォーカスした活動を行っている濱口秀司氏に、イノベーションの「カギ」について語っていただいた。

新しいベクトルで生み出す「シフト」という考え方

濱口氏の肩書きは「ビジネスデザイナー」であるが、ある時は「コンセプトクリエイター」、アメリカ政府からは新しい発想や商品を考案する「シリアルイノベーター」と認定され、他にも「ストラテジスト」「手法マシーン」「出張マニア」と呼ばれ、世界最大のデザイン賞と呼ばれるレット・ドット・デザイン賞の「永久審査員」という肩書きも持っている。このように多岐にわたる活動の中で、多くの肩書きや通り名で呼ばれているが、自分自身が一言で言い表すならば、「シフト」という考え方が当てはまるという。これは新しい「ベクトル」をビジネス上に作り、考えていくこと。つまり、「誰も思いつかないような新しい方向とか、ライバルが思いつかない方法だとか、その業界の専門家が思いつかないような新しい方向を見つける。ときに新し過ぎるとユーザーが受け入れなかったり、その会社の能力を超えてしまい作れないということがあるので、実際に作れて、ユーザーが受け取ることが可能な大きさに調整する」という作業を行うことが自身の仕事だと解説をした。

具体的に15の事例をピックアップしてもらい、どのような仕事をしてきたのかを紹介していただいた。

まずは、濱口氏の代表作といっても過言ではない、世界初の「USBフラッシュメモリ」。技術もビジネスモデルも自身でゼロから考案し、成功した事例である。そして、サイボウズの高須賀宣氏と日本で初めて考案・構築をした「イントラネット」は、当時盛り上がっていたインターネットの考え方を全く反転させたクローズドでの情報交換システム。また、「ダイナミックデジタルマネジメント」という特殊な暗号化技術のプロトコルは、プログラムを書く知識がないまま開発をしたというから驚きである。他にも、世界初のマイナスイオンドライヤーの企画、マーケットシェアをゼロから40%にした煙感知器の企画、様々な工場の生産性改善プロジェクト、海外の銀行や物流会社の体系を組み直すことによる売上の改善、たった二晩で業界中に存在を知らしめたワイン会社のキャンペーン手法、他にも業界の常識を覆すプロダクト開発や都市開発を数多く成功させている。その数はなんと200以上。しかし、実際に手がけたプロジェクトはおよそ700。つまり、およそ500の案件で失敗してきたという。「何が言いたいかというと、最近は大丈夫ということですね。昔かなり失敗したので、そこからノウハウを積み上げているので、最近打率が上がってきています」と語る濱口氏が、なぜ打率が上がってきたのか、そこにある「カギ」について語ってくれた。

イノベーションとバイアスの深い関係

イノベーションという言葉が流行ってきた頃、これは自分のやってきた「シフト」と同義だと濱口氏は感じた。それと同時に、イノベーションの定義は一体何だろうと考え、何人かに聞いてみると、ある人は技術革新だと答え、またある人は新規性だ、他には経済的インパクトだ、などと様々な答えが返ってきた。そこで、イノベーションの定義ではなく、必要要件を考えたところ、「見たことがない」「実行可能である」「議論を生む」の3つが出てきた。特に三つ目の「議論を生む」は重要で、全員が賛成するものはイノベーションではないし、全員が反対するものもイノベーションではない。「何かある割合で、半分ぐらいが大賛成で半分ぐらいが大反対。もしくは3人ぐらいが、何か狂喜するほど大賛成で97人がポカンと見ている。これがイノベーションであるというのが僕の考え方です。だからイノベーティブなアイデアをつくったときには、絶対反対されると思ったほうがいいです」と語る。

イノベーションとは何かを考えるにあたり、一つ目の「見たことがない」に着目する。見たことがないと感じるのは「脳」であり、その基本機能である先入観、つまり「バイアス」を理解することが大切だという。問題解決をしようとしている際に、自分の考え方や業界のバイアスが見えた場合、そこと同じ方向のアイデアを出したとしても、脳は「知っている」となる。これは普通の状態であり、イノベーションではない。しかし、そのバイアスの反対や違う角度の方向のアイデアを出すと、脳はその意外性に「えっ?」と反応する。この脳の作用を見つけることが、実は「イノベーションの第一歩」なのである。そして「見たことがない」ものには必ず議論が生まれる。つまり、イノベーションをつくる鍵のナンバーワンは「Break the bias(バイアスを壊せ)」ということだと、何千回も言ってきたと力説する。

そして、人の脳が持つ「バイアス」についての、より具体的な説明として、濱口氏は「インビジブル・ゴリラ」という実験を挙げた。この実験は、「ボストンの病院で、毎日CTスキャンを見る放射線科医24人に5枚のCTスキャンを見せる。そして、1枚ごとに10個のがん細胞が埋め込まれており、全部で50個見つけるという作業をさせる。ところが、この5枚目に通常のがん細胞の45倍から48倍の大きさ「ゴリラの画像」が埋め込まれているのである。この状態で、何人の放射線科医がゴリラを見落とすか」という実験であった。
その結果、なんと8割以上になる20名の放射線科医がこのゴリラを見落としたのである。さらに、テスト後に、この5枚目にゴリラがいるので見つけてくださいと言っても、そんなものは存在しないと答えたのである。
濱口氏は、専門家だからこそ毎日大量の専門的な情報を取り扱った結果こうなったと考える。専門家になればなるほどバイアスが強いため、イノベーションを起こしにくいのである。

2つの事例から見る、バイアスを壊す手法

バイアスの壊し方として、まず最初に取り上げたのは、1999年に「USBフラッシュメモリ」のアイデアを考えた際にバイアスをブレイクした事例。プロジェクトチームを結成してからの2日間、ブレストを続けた結果、100以上のアイデアが出た。通常であるならば、この中からいいアイデアをピックアップしたり、組み合わせたりするのであるが、バイアスを壊すためにはアイデアを見てはいけないと濱口氏は言う。「アイデア見たって絶対出てこないです。だって世界じゅうで起きていることですから。この瞬間にやらないといけないのは、なぜこういうアイデアが出来上がってくるのかということを探ることが重要です。だからもう、ほとんどアイデアは見なくていいです。これを生み出しているエンジンを見つけるということです」

この時に行ったのが、2軸のフレームワークで思考を動かすこと。横軸が「データサイズ」、縦軸が「体感」である。左上はデータサイズが小さくて、フロッピーディスクのようにモノとして体感できるということ。左下はEメールに添付して送信できるような、データサイズが小さいが体感できないもの。右下はデータサイズが大きく、サーバーにドラッグ・アンド・ドロップするような体感できないもの。つまり、ブレストで出たアイデアは全て左上から下のエリアに入ってしまうものばかりだった。

ここに濱口氏はバイアスがあることを発見し、データサイズが大きくなっても、何か触れられるものにデータを入れたり、データ通信をするという世界があると考えた。このアイデアを発言したとき、その場にいた全員がそんなものは必要ないのではと反論した。これが議論を生んだ状態である。1999年当時、インターネットの勢いは伸び、近距離通信が大きいサイズのデータのやり取りを可能にしていたため、誰もが右下のエリアで対応可能だと思っていることがバイアスだったのである。逆に、このバイアスがなければ、USBフラッシュメモリは出来ていなかったとも言える。
「イノベーションを起こすときには、アイデアではなくて、そのエンジンを探るというのが重要です。次に、思考パターンがあるので、それをできるだけ形にして壊すということです。どういうふうに考えているのかというのを、ダイアグラムのようなもので視覚化するということが一番重要なところです」

もう一つの事例は、ザハ・ハディッド氏の建築デザイン案が一度は採用されたにもかかわらず白紙撤回されたことで議論を呼んだ新国立競技場の問題について。濱口氏が実際にイノベーションについてのセミナーで語った内容を解説してもらった。
まず、状況を簡単にまとめると以下のようになる。景観にデザインが合わないと、一度採用されたザハ氏の案を撤回した。1250億円ほどと言われていた総工費が2500億円ほどになった。そしてこれを総工費、国民感情、ザハ建築の三つに分けて構造化すると、このようになる。

一番上の総工費は1250億円から2500億円に増えていったという状況。そして真ん中の国民感情は、笑っていないまでも1250億ならまだいいという状況から、右に行くことで許さない!と国民が怒っている状況。一番下は、1250億円でザハ建築は無理だが、2500億円使えばザハの建築が代々木に出来るという意味を示している。つまりこの図は、トレードオフを表しているのである。
通常の思考モードで考えるなら、サイズやコスト、機能の一部を「妥協」する方向と、国民感情を無視して2500億円で作るか当初の総工費より安く作る「極端」な方向がある。濱口氏は、2つのバイアスを壊し、トレードオフを解消することで、イノベーティブなソリューションが生まれると言う。

もう一つは、ザハ建築の反転。これは1250億円でザハ建築を行うということ。もしこれができれば、トレードオフは解消される。感情をコントロールするのは難しく、限られた時間の中でどちらかに投資するならば建築物だと考えた結果、自分ならこの方向で行くと答えを出したのである。

また、別の考え方でバイアスブレイクをするなら、建築物と場所に着目するという。縦の軸はザハ的建築物とザハではない建築物。横の軸は場所であり、代々木か代々木ではない別の場所。このような2つの対立概念で考え、構造化したものが以下の図になる。

ここに働いているバイアスは「今の場所でなければいけない」「ザハ建築ではない」という方向。このバイアスを壊すと、「違う場所にザハ建築で競技場を作る」という答えが出るのである。

例えば、お台場に作られる選手村と代々木の国立競技場を入れ替えることで、様々な問題が同時に解決することも可能になるのである。「建築とは何かとか、トレードオフとは何かという、問題の本質を構造化して破壊しているから、軽くアイデアがつくれるということです」と濱口氏。
これが「シフト」であり、イノベーティブの鍵は「Break the bias(バイアスを壊せ)」であると力説をした。

「鋭い質問に答える」というコーナーを自ら設けていただいた濱口氏に、参加者から多くの質問が寄せられた。そのうちのいくつかをご紹介する。

質疑応答

Q

世界にあるクリエイティブで素晴らしい都市のように活性化するためには何が必要ですか?

A

アメリカのオレゴン州のポートランドに長く住んでいるのですが、実は僕、ポートランドのダウンタウンのパールディストリクトという今、一番中核になっている場所の再開発の委員だったんです。ただの倉庫街だったんですけれども、そこがむちゃくちゃよくなった理由が三つあります。1つ目はまず路面電車を戦略的に走らせすごくいいインフラを導入したということ。2つ目は、古い倉庫を改装してつくるマンションと、新築で立て直すというマンションをミックスの量にしたことで、お金持ちだけじゃなくて若い人も住みやすくする方針をつくりました。3つ目は、建物の1階部分を全てリテールにして、2階から5階までの中階層を住居兼スモールオフィスに。そこから上を住居にしました。つまり、昼も夜も稼働するようにルールを決めてビルディングの構造を全部決めて走らせたのです。それでむちゃむちゃうまくいっています。それとシリコンバレーの若いお金持ちの人たちがラッキーでしたね。

Q

2軸で構造図を作ってバイアスを壊す時に、どのように軸を考えればいいのでしょうか?

A

要はどうやったらいい軸がつくれるんでしょうかという質問の後ろにある本質は、プロセスに結構かかわってきます。プロセスというのは二通りあって、これをやったらこれに行きなさいという定性的判断と、これが済んだらこれに行きなさいという定量的判断のプロセスがあります。
どういうことかというと、これが結構いい軸だったらアイデアを考えよう。このアイデアがなかなかイノベーションに近かったり、すてきだったら、次のプロセスに入って企画をしてみようというのは、定性的プロセスです。定量的プロセスは、5個絵を描いてみようや、軸を三つ出してみようなど、クオリティは問わないやり方です。基本、定量で進んだほうがいいです。ガチャガチャ回しているほうが、クオリティは低くても。
プロセスが停止するという問題が出てくるんです、定性プロセスだと。だから今の質問の一番ハードな答えは、そんなこと考えないでガチャガチャやってたらいいんですよ。やっているうちにうまくなるからというのが、ポイントです。結構深い議論です。

Q

ビジネスモデルでバイアスを壊す際に、コンフリクトを越えるヒントをください。

A

新しいことをすると絶対に反対されるので、そこもやはりテクニックを学ばないとだめなんですね。でも、重要なのは、パッションです。それがなかったら絶対突き抜けていけないので。でもそれだけでも全然だめなので、プレゼンの仕方や、どのように相手を説得するかなど、そういったテクニックで抜けていくというのが答えです。次に、ビジネスモデルをどうやってバイアスブレイクするかということなんですけれども、ストレートに単純に言うと、僕、ビジネスモデルって勉強したことないんですよ。何かビジネスモデル・キャンバスか何かあるじゃないですか。絶対に触らんほうがいいと思います。あれ、バイアスの塊ですからね。そのフレームワークで考えている時点で、イノベーションが出るわけがないです。わかりますか?スウォット分析やってイノベーションは生まれないし、マイケル・ポータのバリューチェーン分析をやってイノベーションが生まれるわけがないんです。みんなが使っているから。
最も重要なものは先ほどの、アイデアに着目しないというルールを使うことです。ビジネスモデルってどんなビジネスモデルなんですかって、その業界の人に聞いたらいいんですよ。自分の周りでもいいんですけれども。それでアイデアを10個ぐらい集めておいてそこから何をやるかというと、解析です。これが一番やりやすいやり方で、本屋に行ってビジネスモデルの本を読む必要は全くないと思います。